卒業と感謝
初めてのバレエとの出会いは
小学校2年生 学校の七夕イベントで
校庭の特設ステージで見た「白鳥の湖」
グランアダージョだったと思う
母によると最前列でかぶりつき
口を開けて見ていたそうだ
その日からバレエは夢で
トウシューズは憧れの対象
母に再三バレエを習うことをねだった
子供の習い事はひとつだけの時代に
既に週一回ピアノを習っていたので
週1回のバレエの追加が許されたのは
10歳の夏だった
見よう見まねでレッスンして
仲のいい友達もいなくて
馴染むのに3年くらいかかった
本気で頑張ろうと思った頃に
家の事情で辞めた
どんなに頼んでも継続は許されなかった
母の
「大人になったらいくらでもできるから」
という言葉を1日たりとも忘れず11年間
根に持つ蠍座
就職して再開して結局今も辞めていない
この執着が今の私を作ったのだと
今なら分かる
ダンスマガジンのオペラ座新人のギエムの記事と写真
今でも覚えている
それは私のダンスが一番の時代
エネルギーそこに注ぎ込み
その方向に向かうのが幸せだと思っていた
執着というメガネは
時に本心を見えなくする
本当は望んでいない事でも
たとえ嫌いだったとしても
習慣になったり
宣言してひっこみがつかなくなったり
辞めるタイミングがつかめずに
そのまま続けてしまうこともできる
だけどそうすることで
確実に
身体は本来の在り方を失う
無意識に使い方が偏り
必要な部分が固まり
繋がりが失っていく
本当の自分とも繋がれなくなる
3月末のダンスイベントが終わった時
私の一つの時代が終わった卒業の時
「もう頑張らなくてもいいよ」
私の中で本当の私が言ったんだ
だから涙が止まらなかったんだ
私はものすごく頑張っていたんだなとようやく分かった
ありがとう私の身体
長い間無理させてしまったね
心から感謝するよ
そして
まだ無理してることはない?
とおそるおそる聞く
その答えはとても恐ろしい
なぜなら私は変わらないといけないからだ
イケてない自分ながら
今の慣れ親しんだ生活を変えることは
恐怖でしかない
だけどもし
自分の本心でないのであれば
1ミリたりとも
そこに執着できないところまで
来てしまったのを感じる
自分には
もう嘘をつけなくなったからだ
4月はまだ始まったばかりで
新しい波に乗り切れていないのも感じる
でも本当に乗らなければいけないのは
誰かが作った波ではなくて
本当の自分が望んでいる人生に繋がる方向への流れだ
そして、それを知っているのは自分だけ